茜径のブログ

介護とイラストなんかをアップしていく

介護備忘録2

本日は昨日の続きです。


実家に帰ってきて感じたのは、やはりこのままでは一家全滅であることでした。

次の日、職場に連絡し、介護をするため退職したいと伝えました。

しかし、万年人手不足の職場は直ぐには辞められず、実家から通う事になりました。

始発電車でなくなったのもあり、通勤時の疲労はこれまで以上で、週一の休みは家事をしつつ祖父のみまもりを行いました。


程なくして祖母、叔母がほぼ同時期に退院。

何が起こるか分からなくなってきたので、救急マニュアルを合間を見て作成。

高齢者がいる家庭は本当に作っておいた方が良いと思います。

マニュアルの内容

○既往症

○掛かり付けの病院及び主治医一覧

○服薬一覧

○救急車の対応マニュアル

○救急時の持ち物一覧

○入院時の持ち物一覧


最後のは特に重要です。

人間いざというとき救急のナンバーがわからないとか、何を話したらいいかわからないとかそんな事があるものです。

また、普段同居していないものが訪ねてきたとき対応もできるようにと作りました。

実際救急隊にお世話になったとき、マニュアル渡すだけで済むので楽です。


そうして、死にそうなほど忙しい毎日を送り、4月いっぱいで退職することが決定。

5月始めに引っ越しして実家に完璧に籍を戻し、自分の身体を漸く振り替える事が出来てとんでもないことがみつかるのでした。


明日に続きます。


介護備忘録1

ブログ開設です。

介護の備忘録的なものとイラストを中心に更新していく予定です。


本日はここ数年の軌跡について。

5年程前、実家を出て憧れの独り暮らしを治療器の営業を行いながら忙しい毎日を送っていた私。

年が明けたある日久しぶりに母から電話があり、様子がおかしい事に気が付き問いただすと…実家の目も当てられない状況が浮き彫りになりました。

元々心臓の弱い祖母が入院、祖父の認知症の悪化、叔母が腫瘍が見つかり検査入院、盲目の叔父とそのペットの面倒とおおよそ独りでこなすのは無理ゲーな状態だったのです。

「心配しないで」という母。でもこれはどう考えても摘んでいる。

父親は控えめに言っても役に立たないことは目に見えていた。

そして、もし、この状況で母が倒れたら100%私にお鉢が回ってくる。

父親は口じゃぁ、カッコいいことを言うが、絶対に直ぐ泣き言を言う。

1日で根をあげる。

私は元々、甲状腺に腫瘍があるためか、気分の浮き沈みが大きかったり、体調も安定しないので母の代わりは1週間も持たないと考えたのです。


次の日休みの予定だった私は怠い身体をムチ打ち、現状を見るため原付で約1時間の道程を走るのでした。


続きはまた明日。